一筋の光を卵子提供という方法に見出した体験者の話

長い間、国内で不妊治療を続けていたという2人の体験談を紹介しましょう。もうダメかもしれないというとき、最後の一縷の望みをかけ海外で卵子提供を受け、ようやくかわいいわが子を腕に抱くことができたSさんと、無事に安定期に入ったというAさんの話です。


8年の壮絶な不妊治療を経て、我が家に天使がやってきた

「42歳のときには薬で生理を起こす状態になっており、更年期障害の症状も出てきました。医師には子どもは諦めたほうがいいのではと辛い宣告を受け、奈落の底に落とされるような思いになりました。絶望感と共に泣き明かす毎日でしたが、卵子提供で妊娠できる可能性を知り即決します。まず東京の事務所に申込をし、後にサンフランシスコの日本人スタッフから連絡をもらいました。検査渡米、さらに2度目の渡米で移植を行いましたが受精されず、落胆した気持ちでいっぱいになります。しかし年齢は時間と共に刻々と過ぎていくので、私に落ち込んでいる暇はありません。その後凍結卵で2回目の移植、それでもダメでドナーを変えることにしました。今まで薬だったホルモン剤も注射に変えて挑みましたが、3回、4回目の移植も失敗に終わります。5回目の渡米時は既に44歳になっていました。帰国して2週間後に初めて陽性反応が見られ、駆け込んだ病院で妊娠が確定しました。その後、子どもと過ごせる夢を膨らませながらの妊娠生活、ついに8年の任活を終え無事男の子を出産したのです。」

不妊治療というのは壮絶と表現するに相応しいほど辛く、長い道のりといわれています。何度挑戦してもダメだったときのショックは相当のものでしょう。Sさんの経験は、海外での治療に踏み出したことで望んでいた幸せを手に入れることができた好例のひとつです。


流産を繰り返す15年。台湾での卵子提供でついに安定期へ

次は妊娠継続することが難しいという体質のAさんが、台湾で卵子提供を受けたという体験談です。

「私たち夫婦には不妊の原因が思い当たらなかったのでのん気に構えていましたが、30代半ばを過ぎても兆候が見られなかったので、不妊治療に踏み出しました。夫婦に問題はないので、ただ顕微授精を繰り返すのみです。私の卵子は質・量共に良いのですが、なぜか初期に流産してしまうのです。最初のクリニックでも20回は顕微授精を行なったでしょう。不育症でもないので、他の治療法に変えることにしました。卵管戻しという方法があることを知り遠い街の病院へ通いましたが、やはり妊娠は継続できず、先生から国内治療と同時に台湾で卵子提供を受けてみてはと提案されました。このとき不妊治療開始から15年経過しており、採卵も辛くなっていたので卵子提供を決断し、実施しました。私の身体で妊娠を継続することは途方もなく難しいことで、受精後は毎日不安定な気持ちでした。しかし台湾のスタッフの励ましに支えられながら、ようやく安定期を迎えることができました。無事に産まれたら、親子3人で先生やスタッフに会いに行きたいです。」

この体験談は2016年3月に書かれたものなのでまだ出産されていませんが、台湾スタッフのサポートが思いやりに満ちたものであることが窺えます。病院から卵子提供を推薦しているということは、不妊治療の幅の広がりを示しているのかもしれません。

INFORMATION

2016/06/26
卵子の採取とはどんな事をする!?また、痛みは伴う? ページ更新しました。
2016/06/20
一筋の光を卵子提供という方法に見出した体験者の話 ページ更新しました。
2016/06/16
卵子提供による出産という選択 ページ更新しました。
2016/06/09
卵子提供の際に行われる凍結胚移植ってどんなもの?! ページ更新しました。
2016/06/05
国内や国外での卵子提供はどうすれば受けられるのか ページ更新しました。

twitter & bookmark

  

   このエントリーをはてなブックマークに追加

運営者情報

妊活の最新事情

免責事項

当サイトで提供する情報は、その正確性と最新性の確保に努めていますが、完全さを保証するものではありません。
当サイトの内容に関するいかなる間違い等についても一切の責任を負うものではありません。
当サイトの使用及び閲覧は、閲覧ユーザー様ご自身の自己責任でなされるものであり、当サイトへのアクセス又は使用によって発生したいかなる損害(パソコンやネットワークに生じた損害を含み、直接損害・間接損害の別を問わない)やその修理費用等に関して、一切の責任を負うものではありません。