代理出産でママになる!向井亜紀さんの歩んだ道のり

2003年にアメリカでの代理出産で双子の赤ちゃんを授かった向井亜紀さんですが、そこに至るまでの道を歩むのは決してやさしいことではありませんでした。代理出産を選択した背景には、向井亜紀さんの「どうしても赤ちゃんに会いたい」という前向きで強い気持ちがありました。


病気と闘い赤ちゃんを失う、それでもあきらめきれない赤ちゃんへの気持ち

元格闘家の高田延彦さんと2000年に結婚6年目で待望の赤ちゃんをお腹に授かったタレントの向井亜紀さん、妊娠がわかったときには本当にうれしくて大喜びしたことを話しています。

妊娠がわかったと同時に子宮頸がんが発覚しました。ショックな知らせではありましたが、子宮の入り口をレーザーで切除する円錐切除術という方法をとる場合には妊娠の継続が可能だと知り、家族や医師とよく相談したうえで円錐切除術をおこないました。手術を終えてから赤ちゃんを産むことにしたいと考え決めた手術でした。

しかしその後にさらに残酷な告知をされることになります。がんが取りきれていなかったのです。どうしても子宮は残したいと願った向井亜紀さんは再度円錐切除術にのぞみましたが、そこでもがんは治ることなく別の場所に転移していることが発覚しました。残された方法は子宮を摘出するしかなく、赤ちゃんとはお別れすることになってしまったのです。子宮全摘手術を医師から勧められていたのですが、「夫の優秀な遺伝子を残したい」との思いは強く、ふたつの卵巣は残すことになりました。向井亜紀さんが代理出産を選択するまでには、たくさんのドラマがあったのです。


アメリカでの代理出産に賛否両論

病気との闘いを経て、代理出産を選んだ夫妻は2002年にアメリカに渡りました。向井亜紀さんの卵巣から採取した卵子と夫の高田延彦さんの精子を体外受精すること3回、ようやく受精卵となり代理母となるアメリカ人女性の子宮に人工的に着床することに成功しました。そして双子の男の子を授かったのです。

日本の法律では代理出産は認められていないため、アメリカに渡って体外受精と代理出産を依頼することを選んだ向井亜紀さんには賛否両論がわきあがりました。金銭で命を売買するのは倫理的に許されないなどといった声も数多くあったのですが、一方で向井亜紀さんのように病気のために子どもを産むことができない女性にとっては、ひとつの選択肢を提示することになりました。

向井亜紀さん夫妻も「代理出産についておおいに論じてほしい」と発言したように、代理出産が日本で広く知られるようになったきっかけとも言えるできごとです。双子の子供たちには、小さいときから代理出産のことも隠さずに話して聞かせているという向井亜紀さんの、赤ちゃんへの強い思いと愛情に勇気づけられる人も多いでしょう。

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